「デルヴォー君、レシァル公爵夫人の肖像画があちらこちらのサロンで、その画風の斬新さに絶賛されていますよ。」
アンリ四世ホテルのバルコニイでその日デルヴォーは浮かない顔で私に答えた。
「微妙な状態に変わり無いのですよ、この噂が私の師匠の耳に届かない事を願うばかりです。
実は、あれは未完成なのですから・・・。
ご存知のように現在、公爵の館の一室をアトリエとして使用させていただいているのですが、ある日ふらっと公爵がお見えになり制作途中の夫人の肖像画を見るや、言われたのです。」
その時、レシァル公爵はこのように述べたそうな。
「この辺りで筆を下ろしてみるのは如何でしょう。これ以上筆を入れていったら、貴方師匠を越えられませんよ。私は進化を妨げるもの、それはこだわりだと考えます。これからは一見未完成の様な未熟さに美を見出だしてゆく悲しむべき時代に入って行くと思います。絵画も建築も、おそらく音楽、衣服すらも虚実の入り混じった芸術と言う大きな混沌の流れに時代ごとのまれてゆくのです、以後何百年とね・・・。
デルヴォー君、貴方は最も伝統を重んじる画家であるが故に、だからこそその流れの先駆を切らなければならないのです。
その時の衝撃波の大きさが私には見えるのですよ。
それから最後にもうひとつ、貴方のそのクラヴァットの結び方を知りたいのです。後でうちのクロードに伝授しておいてくれたまえね。」