その日、アンリ四世ホテルのバルコニイでデルヴォーは言った。
「パリを離れようかと思っています。」
余りの唐突さに私は返事を返したのかも知れない。
「突飛では無いが、それは悪く無い、何処に行ったってパリは逃げやしませんから。」
「パリに来てからは霧の迷路を迷って生きて来た様な気がします。今、自身の生き方を見つめる時が来たのです。肖像画盗難事件が私にそのきっかけを与えてくれたのです。」
「おそらく肖像画は館内にありましょうね、いずれ出て来ますよ。ところで、貴方がパリを離れる云々は、レシァル公爵夫人の知るところですか?」
「公爵夫人とは来週お会いして、私の胸の内をお話しするつもりです。」