山梨鐐平

シンガーソングライター

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6/19/2021

幸いな事に、彼のリール消防団の迅速な手際により、本堂までは燃え広がらずに済んだものの、その火災の慌ただしさの隙を付いて、ペトロニーユ修道女ことジャンヌ・ド・ブランシュ夫人が何者かによって、さらわれてしまったのです。
いったい此処で何事が起こっているのか知る方も無く、我々はカスタルディ院長様を探しましたが、勿論院長室にもおらず、消火活動の手伝いをしていた老修道女にお尋ねすると、院長様は、今し方、私共が馬車で上って来た坂道を一人、歩いて下っていったと言うのです。
ディアーヌは受け入れ切れない程の大きな胸騒ぎを、毅然と押さえ付けようとしていましたが、抱きしめれば、真冬の寒さを堪えるかの如く、身体全体が小刻みに震えておりました。
私共はただ、呆然と坂道に立ちすくみ、カスタルディ院長様の帰りを待ちました。
しばらくすると、二人の修道女が、正確に申し上げますと、カスタルディ院長様が黒い修道女を抱き抱えるようにして、坂道を上って来るのが見えてまいりました。
近づくにつれ、その黒い修道女は血にまみれたジャンヌ・ド・ブランシュ夫人であることが分かりました。

(つづく)