山梨鐐平

シンガーソングライター

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7/7/2021

些か暗闇にも馴れてきた頃、私は院長様に促されるがままに、その美しい玉座の如き椅子に着座したのでございます。
しばらくの沈黙の後、カスタルディ院長様は頗る静かに尚且つゆっくりと話を始められました。
「いつぞや、院長室の机の上に私がたまたま写本の聖歌の章を開いて置いてあった折り、ペトロニーユが聖務の用事で院長室を訪ねてまいりました。(院長様は頑なにジャンヌ・ド・ブランシュ夫人の事をペトロニーユと呼ばれます。)ペトロニーユはその写本を見るや否や、現代では誰しも読み解く事が出来ないその古代の楽譜を、然も驚くべき事に逆さまに見ながら美しい声で歌い出したのです。
リシャール様、それはペトロニーユの声では無く、確かに少年の声だったのでございます。
すると俄にペトロニーユの背中から仄かな光が出現し、次第にその御光は渦巻状に回転しながらペトロニーユの身体全体を包み込んでいったのでございます。
歌い続けるペトロニーユを見るに、私は自然と床に跪き、然るに祈る事すら出来ず、ただ無の時間を行く一人の旅人と化していったのでございます。

(つづく)