
135.
コンタリーニ夫人の御共で、サン・サルヴァドーレ教会へ。
馬車から下りた折り、ファサードの階段の下で私共は唐突に訝(いぶか)し輩(やから)に取り囲まれました。
アナは其んな時の為に持たされていた貨幣を咄嗟に地面に散蒔(ばらま)きました。
然かるに事の体の中、ひとりゆるゆると階段を登ってゆく夫人の背(そびら)が宗宗しく又頗る気髙しく、感応ことにしきりのわたくしなのでございました。
クレア。
コンタリーニ夫人と言ふ御方。細かき事は見えていないかの如く、歯牙(しが)にも掛けない実実(まことまこと)しの貴人(あてびと)なり。
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側近注 :
訝し(いぶかし) = 不審だ。
宗宗しい(むねむねしい) = 堂堂としている。
気髙し(けたかし) = 高貴だ。
感応(かんおう) = 深く感じること。
歯牙にも掛けない = 問題にしない。無視する。