「彼方の人々」
第3部
「彼方のアルフレッド・デルヴォーからピエール・アントワヌ・ポドゥアンへ」
ポドゥアン先生、私は一時、パリに戻って来ております。
時に、少々遡る話でございますが、シエナの城壁で私が写生をしておりました折り、下を眺めますと曲がりくねった小道を大きな木箱を持って丘を上って来る女性を見る事が出来ました。
近づくにつれ、その女性はクレマティスである事に気が付いたのです。
私は筆を置くやクレマティスに駆け寄って行ったのでございます。
然るに、名前を呼んでも、クレマティスは怪訝そうな素振りで、私の目の奥をじっと見つめているだけなのです。
「デルヴォーです。アルフレッド・デルヴォーです。」
クレマティスはキョトンとして再び大きな木箱を抱えて一人歩きはじめます。
クレマティスらしからぬ、これは私に対しての怒りの表現であると受け入れ、並んで歩きながら「貴方はクレモナに居られるとお父上からお聞きしておりますが、シエナには何様で?」と尋ねました。
クレマティスは無言で坂道を行きます。
私がクレマティスの右側に移り、その荷物を持ってさしあげようとしたその時だったのです。
「アユート!(助けて)アユート!アユート!」
クレマティスは悲鳴と共に大声で叫んだのです。
(つづく)