大聖堂の中は暗くひんやりしており、天井のフレスコ画からは絶え間無く霧雨の如くチェロの音が降り注ぎ、私の頭や肩を濡らすのでございます。
ポドゥアン先生、これは決して空耳なのでは無く、まことの事なのでございます。
私が大方、狼狽を隠しきれず逃げる様に外に出るや、そこに鋭い太陽光線が私の両眼を突き刺しました。
次第に目が慣れてきますと、そこに革命前のドレスを身につけ、細いステッキを持った少女の姿が薄ぼんやりと映ってきたのでございます。
「お探しのお姉様は、カンポ広場で迷っておいでですよ。」
歌う様な高い声で少女は私にそう宣うたのです。
私は走りました。
走ればカンポ広場まで5分とかからないからです。
クレマティスの木箱には”マルチェッロ・アルマンド・ピロン”と、製作家の焼き印が押されていた事を思い出しました。
脳の中に仕舞ってあった記憶が、突然走り出した事によって、コロンとひとつ飛び出したのでございます。
(つづく)