山梨鐐平

シンガーソングライター

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7/19/2021

その日の夜が明け、昼がやってまいりましたが、クレマティスは現れませんでした。
昨日、クレマティスが上って行った同じ道を辿って私は歩きはじめました。
耳が過敏になっているのがわかります。
少なからざる希望を持って、私はチェロの音を探していたのでございます。
気が付けば、大聖堂の前に佇んでおりました。
ポドゥアン先生、私の唯一無二の師匠、貴方の最愛の娘、クレマティスは何時も祈っておりました。不平や不満を言わず、主張せず、常に心静かな微笑みと祈りの人でございました。
かつて、あれほど愛した人を、無下にも私は心の外側に置いていたのです。
トゥーレーヌからパリに旅立つ私を、その心とは逆の笑顔で送って下さったクレマティスの、その愛の心を知る因も無く、私の身勝手な夢の追求の為に、しかも、何と言うことに、無意識の内に壊してしまったのでございます。
そして、その事実を忘れてしまっていたと言う、最も大きな無慈悲なる罪を、今此処に懺悔する為、私は顔料で汚れた前掛けを外して、シエナ大聖堂の階段を上がって行ったのでございます。

(つづく)